Je t'aime comme la tombe.

フランス革命萌え語り。あとは映画と野球?ハムファンです。

『1789 バスティーユの恋人たち』2023星組ライビュ感想

書こう書こうと思っているうちにもう革命記念日が到来してしまった。

先日(7月2日)、宝塚歌劇団『1789 バスティーユの恋人たち』のライブビューイングを観に行った。一瞬だけ宝塚大劇場に行ってみようかな?とはじめは考えたが、超人気だったらしいので断念して映画館でのライビュを選択した。

筆者は現在宝塚歌劇とは縁のない生活を送っている。親会社が阪急グループということで、「阪急ブレーブス*1?」と思ったり、現在は阪神タイガースと同グループで年始には阪神の選手と団員が並んでポスターになると聞けば「直球破壊王*2は出るのかな。(※出ません)江越*3は羽根背負ったことあるのかな(※ありません)」と思ったり。

とはいえ宝塚歌劇を観劇するのは初めてではない。10年以上前に、地方公演を観に行ったことがある。親が付き合いで買ってきたらしい。*4とはいえ観た時はまだ子どもだったのでショーを観て「本当に羽根を背負ってるしラインダンスがあるんだ」くらいしか印象がなかった。

時は流れて、フランス革命好きとして1789は一回観てみたいなと思っていた。フランス革命=宝塚みたいな図式もあるし、一度は宝塚のフランス革命ものを見ておかなくてはという義務感もあった。

というわけで私の状態としては、以下の通り。

・前述の通り、宝塚歌劇団に関する知識は一切ないに等しい。出演者の名前を見ても何もピンとこない。
フランス革命ジャコバン派まわり)は大好きで、それなりに詳しいはず
(・ロックとNPBが好き)

というわけで、宝塚ファンにとって何か不適切発言があれば申し訳ありません。この界隈, 比較的治安は良いがマナーに厳しいイメージがあるので...

 

革命家たち

このブログの他記事を見ていただければ一目瞭然の通り、私は革命家たちのファンである。なので彼らがどう演じられているかが一番興味があった。
もっと具体的に言えば、一番関心を持っていたのは「宝塚はダントンをどう調理するのか」という点だった。

肖像画から察する方も多いと思うが、半ば歴史の常識として「ダントン=不細工」は定着している*5。特にフランス人*6はダントンの醜さにこだわりがあるようだ。ビューヒナー『ダントンの死』のニューヨーク・タイムズに掲載されたフランス人による劇評では「イケメンがダントンをやっていた。おかしい。(要約)」と、俳優の容姿が欠点の一つに上げられていた。ビューヒナーのダントンには容姿の設定や描写が一切にもないにもかかわらず。

www.nytimes.com


とはいえ、誰もが振り返るような美男子で品行方正・欠点のない完璧超人をダントンだと出されると、違和感があるのも事実。また『1789』でも「パレ・ロワイヤル」の歌詞には「モテない俺に~」というくだりがあるため、明らかにモテそうな美男子が演じてしまうと嫌味になってしまうという恐れもある。一方で宝塚歌劇団は美を表現する集団の代表格である。どうなることやら、興味と恐れが入り混じっていた。
結果はイケメンなのにちゃんとダントンで、鳥肌が立った。すごい。パワフルさや親分肌、親しみやすさや愛嬌と同時に軽薄さや自堕落さからスケコマシ・女たらし感までダントンに求める要素がかなり表現されていた。「パレ・ロワイヤル」の歌い方とその後ロナンに絡む(マズリエ兄妹の再会)の場面にはどことなくドレスコーズの志磨遼平みを感じて非常に良かった。

ただしダントンの重要な特徴としてもうひとつ「反・公的領域の私的領域への干渉」や「反・(ブラック校則的)過度な束縛・規律」的側面を持ち*7、私は容姿よりもむしろこの主張が宝塚のあり方と相容れないのではないかと思っている。「1789」は革命初期の光の側面を描いたプロバガンダ的作品なので矛盾は生じなかったが、厳格な規律が特徴の音楽学校出身者から構成される宝塚歌劇団において、フランス革命の続きやダントンを表現する時にどうするのか興味がある。(「ひかりふる路」ではどうだったのだろうか。)

 

他の革命家2人についても満足だった。ロベスピエールのリーダーシップやカリスマ性がビシビシ感じられた。市中でも三部会でも場を統率し引っ張っていく姿が印象的。「後の革命指導者である」感がすごかった。「誰のために踊らされているのか」かっこよかったな。ポスターの印象だとカミーユはかっこいい系なのかな?と思ったら本編はちゃんと可愛かった。リュシルとのいちゃこら(とダントンの妨害笑)とか。一方で良くも悪くも突っ走る性格もしっかり表現されていたと思う。出会ってすぐ困惑するロナンにパンフレットを押し付ける場面や、プチブル貧困層の諍いで「友だちとして迎え入れてやったのに」のセリフなど、史実でも同時代人に言われていた「子ども」「常識がない」側面も描かれていたと思う。そういうところも含めて、ちゃんとカミーユ・デムーランだと思った。

ただし史実や先行するフランス革命映画のロベスピエールが着てそうな服(黄色)をカミーユが着て、カミーユが着てそうな服(緑)をダントンが着て、ダントンが着てそうな服(青)をロベスピエールが着ている。そのため「革命の兄弟」のはじめはどっちがロベピでどっちがカミーユかしばらく頭が混乱した。衣装の色決めには何かルールなどあるのだろうか?役者のイメージカラーか、あるいは地位?

その他の人々

トップスターなので当たり前なのだろうがロナンの歌唱力に圧倒された。いやここまですごいと思わなかった。最後まで圧倒的だったな。また休憩中に流れていた『赤と黒』映像ソフトのCMの歌も凄まじかった。ぜひ観たい。

歌といえばソレーヌの歌唱力も凄まじかった。「夜のプリンセス」の捨て鉢感と憤りの綯い交ぜになった感じが特に印象に残っている。そういえば「1789のダントンは史実通りガブリエルと結婚済みで、ソレーヌは浮気相手」みたいな説を見かけたが、私が観る限りソレーヌにはかなり史実のガブリエルが投影されているような気がする。わざわざ昼職としてウェイトレスが選ばれていたり、リュシルと仲良くなるくだりあたりが。少なくとも今回の版でダントンは結婚してなさそうだし。

思ったより『1789』は笑いどころがあるなと思ったが、何よりヒロインのオランプがおもしろくかつ可愛らしくコメディエンヌをやっていたのが強いと思う。オランプはずっと美しくかつ優しく芯の強いヒロインだが、茶目っ気も感じられたのが特に魅力的。

歌唱力・キャラクターともに印象的だったのはアルトワ伯。妖艶な悪の魅力と尊大さにクラっときた。ヴィジュアルも込みで最近筆者がハマっているカートゥーンのハズビン・ホテル/ヘルヴァ・ボスにいそう。

これまで舞台を見る時ダンスはあまり注意を払ってこなかったけれど、今回その重要性に気づいた。特に印象的だったのはペイロールが市民の蜂起を弾圧する場面の冷酷非情故の色気と、それまでかわいい案内役だったシャルロットがバスティーユ襲撃で武器を手にしたダンスのかっこよさのギャップである。

舞台設定など

原作がフランスなので宝塚どうこうではないものの筋書きは「革命万歳」的わりと単純で歴史の教科書的な話だった。ただ第三身分の間でも知識人・ブルジョワ層と貧困層の距離を描いていたのは意外だった。印刷所という同じ空間にもジャーナリストや議員(知識人)と印刷工(労働者)の格差が存在する、というのはこのズレをわかりやすく伝えていたと思う。もっとも、「フランス革命ブルジョワによる革命!」ときれいに言い切ることもできないのだが。革命派は弁護士などプチブル・知識人層が大半だったのは事実だが、船乗り→肉屋(ルジャンドル)から名門貴族(エロー・ド・セシェル)まで色々な人がいたわけだし。

気になったところとして、ギロチンは本作において正直なところ不要だと思った。今後の運命の暗示というより、むしろ場違いなブラックジョークのように感じた。関係のない場面でもずっとギロチンの話を続けるルイ16世はサイコキャラにすら見える。アントワネットが覚悟を固める場面の最後でギロチン模型の刃が落ちるのは、急に彼女を嘲笑するブラックジョークが差し込まれたように思え興ざめだった。5月に観劇した、死刑執行人の苦悩を描いた舞台『サンソン ルイ16世の首を刎ねた男』がギロチンや死刑について真摯に問い続ける話だったため、どうしてもそちらと比較してしまうからかもしれないが。

本編は本格的ミュージカルだったので、ダンスショーが始まった時は何が起こったのかしばらく理解できなかった笑。急に「パブリック・イメージの宝塚歌劇団」的ショーが始まったので、夢でも見ているのかと疑ったくらいだ。最後はトップスターが大きな羽根を背負って出てきたので「ロナンって貧しい農民出身じゃなかったっけ?自分で言ってなかった??」と困惑してしまった。「宝塚らしい」側面も堪能できたとも言えるが。

最後に「燃えろー!星組ー!星組ー!パッションー!」(うろ覚え)という声出し応援があったのは驚いた。中日ドラゴンズ以外にも燃える集団があるとは思わなかった。宝塚歌劇は思ったより野球観戦と近いようだ。

ライビュという体験

そもそも私にとってライブビューイングというものに参加するのが初めての経験だった。結論として、特に贔屓やら何やらのない私のような人にとってはライビュはかなり良い体験だと思う。見どころをカメラが映してくれるので、「よく見えない」「何が起こっているのかよく分からない」ということもなく、ミュージカル全体の魅力をダイレクトに浴びることができた。映画館は画質も音響も折り紙付き、また売店で買えば飲食自由であるので気楽だ。もちろん映画と同様の鑑賞マナーは求められるが、ピリピリしすぎず映画と同じようにリラックスして観れる。そしてこればかりは運の問題だが、今回は席が後方でとても見やすい座席だった。

 

正直なところ宝塚に偏見を抱いていた節もあったが、イメージよりも本格的なミュージカルだった。また気になる演目があったら見てみようかな、と思う。

*1:阪急電鉄がかつて所有していたNPB球団。1988年に消滅したため、1990年代生まれの筆者は当然知らない。

*2:渡邉諒(現・阪神タイガース)の愛称。日ハム在籍時に筆者は渡邉選手の大ファンだった。

*3:江越大賀(阪神タイガース→現・北海道日本ハムファイターズ。ファイターズ移籍後は3試合連続ホームランなど、話題になる活躍を見せる。

*4:今調べると、どうやら2009年の『再会/ソウル・オブ・シバ!!』と、2013年の『若き日の唄は忘れじ/ナルシス・ノアールIII』のようだ。

*5:だからこそ、彼の最初の妻ガブリエル・シャルパンティエが人々に向かって「彼は美しい!」と主張し続けたというエピソードが輝く

*6:他の国ではそうでもなさそうだ。例えば1931年のドイツ映画でフリッツ・コルトナーが演じたダントンは特に不細工設定はないように思う。1921年エミール・ヤニングスにも、特段の醜さは想定されていないようだ。1983年にジェラール・ドパルデューが演じたダントンは美男子の部類に入ると思うが、そのドパルデューを選んだ監督のワイダはポーランド人である。また日本の乙女ゲームでは恐るべき変貌を遂げている。

*7:このあたりを良く描いたのがビューヒナー『ダントンの死』である